いきなりですが『失敗の本質』という本をご存じでしょうか。著書は第二次世界大戦における日本軍の戦略について、客観的な分析を行っています。
この記事では、著書による日本軍の分析を踏まて、少し変わった視点から組織論について考察を行っていきたいと思います。
もくじ
経営はなぜ失敗するのか? 歴史を通して考察する
企業経営とは、経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を最大限に活用して価値を生み出し、利潤を得る活動です。より効率的な企業活動のためには、目標を明確に定め、外部環境が及ぼす機会や脅威を正確に把握し、目標を達成するための手段や方法を策定し、必要な人員や予算を手当する必要があります。これら一連の活動のなかで必要とされるものが合理性です。
軍隊に求められれる合理性
さまざまな形態の組織があるなかで、もっとも合理性が求められる組織とは軍隊です。戦争の相手は自分の予想や期待とは違った行動をとることも多く、ちょっとした環境の変化や運・不運が最終的な勝利を左右することも珍しくありません。
不確実性が高く、錯誤が連続する環境の中でできるだけ勝利の可能性を高めるためには、相手よりも多く合理的な判断を積み重ねることでミス(損失)をできるだけ少なくしていかなければなりません。
しかし、第二次世界大戦において、日本軍はおよそ合理的とはいえない判断を繰り返しました。
そもそも軍隊とは近代的組織、すなわち合理的・階層的官僚制組織の最も代表的なものである……しかし、この典型的官僚制組織であるはずの日本軍は、大東亜戦争というその組織的使命を果たすべき状況において、しばしば合理性と効率性とに相反する行動を示した。
同書では、日本という国が第二次世界大戦当時から連続している以上、日本軍の組織的特性は企業を含めた現在の日本の組織一般にも継承されているであろうという前提に立っています。そうであるなら、日本軍の失敗を研究することで、前車の轍を踏まずに済む可能性があるでしょう。
個々の戦闘状況における指揮官の誤判断や個別の作戦上の誤りを越えて……そうした状況を生むに至った日本軍の組織上の特性、すなわち、戦略発想上の特性や組織的な欠陥により大きな注意を払うべきことを示唆している
日本軍の敗北を決定づけた主な要因とは?
同書では、日本軍の敗北を決定づけるものにした要因として
要因①
あいまいな戦略目的:
それぞれ性質の異なる目的が設定されている、あるいは組織階層の上下で目的が明確に共有されていない
要因②
短期決戦の戦略志向:
長期的展望がなく、場当たり的に状況に対応する
要因③
主観的で帰納的な戦略策定:
数少ない成功体験から「一般原則」を導き、「そうあってほしい」という希望的観測のもとに戦略を決定する
要因④
学習を軽視した組織:
成功や失敗の経験から教訓を学ぶ姿勢の欠如
要因⑤
プロセスや動機を重視した評価:
結果ではなく責任者の思い、やる気などが評価の対象とされた
などを挙げています。これらすべてと無縁である組織は少数かもしれませんが、多くの組織(とくに、日本的情緒が風土として根付いている企業)が大なり小なり抱えている問題であるはずです。
この記事では、とくに「学習を軽視した組織」について掘り下げて考察していきたいと思います。
経営を失敗に導く要因|過剰適応
組織は経験に学びます。ある問題の解決に成功したにせよ失敗したにせよ、その経験を組織の内部に蓄積することで、のちに同種の問題に直面したとき、前回の経験を活かしてより効率的に問題に対処できるようになります。しかし、この経験が非常に強固なものであった場合、のちの学習を阻害することがあります。
日露戦争完勝での原体験
日本軍にとっては、日露戦争が原体験と呼べるものに当たります。日本軍は、日露戦争下の日本海海戦において、艦隊決戦でほとんど完勝ともいえる勝利を収めました。
これにより、日本は国力ではるかに勝るロシアとの戦争に勝利します。極東の小国だった日本が一躍列強の仲間入りを果たすことになるという大勝利は、その輝かしさのために、のちに日本軍から思考の柔軟性を奪うことになります。
艦隊同士の決戦に勝利することで戦争自体を勝利に導けたという日本海海戦の経験から、日本は艦隊決戦思考、大艦巨砲主義への信仰を深めました。
この経験による学習は修正されることなく第二次世界大戦まで引き継がれます。日本軍は真珠湾攻撃や珊瑚海海戦で航空部隊の有用性を自ら示しながらも、時代遅れのドクトリン(基本原則)はなお継承されました。
海戦のメインプレーヤーになりつつあった空母や航空機の研究開発・製造を滞らせる一方で、実用性の低い戦艦大和などを巨費を投じて建造しました。
原体験から生まれた艦隊決戦思考、大鑑巨砲主義の結末
日本軍が示した航空機の有用性を合理的思考から積極的に取り入れたのは、相手側であるアメリカでした。これが、のちに日本海軍の敗北を決定づけたミッドウェー海戦に結実します。
日本海軍は、日本海海戦において素晴らしい成功を収めてしまったがために、その成功体験に縛られました。艦隊決戦志向、大艦巨砲主義は、国力において勝る相手との戦争に勝たなければならないという状況に過剰に適応した結果です。
特定の状況に特化して進化しすぎた日本軍は、かつて栄えながら環境の変化に適応できずに滅んでしまった恐竜と同様の結末を迎えることになります。時代の変化、環境の変化に適応するためには、過去の成功を導いた理論を捨て去り、新しい理論を構築しなければならなかったのです。
特定の戦略原型に徹底的に適応しすぎて学習棄却ができず自己革新能力を失ってしまった。
別の視点からの日本軍の失敗の考察
有名なビジネス書として『ビジョナリーカンパニー』というものがあります。シリーズの三冊目は『衰退の五段階』という副題が付けられたものです。同書によると、衰退は5つの段階に分かれると語られています。
第一段階は「成功から生まれる傲慢」です。世界の列強の仲間入りを果たすことになった日露戦争の勝利がここでいう成功に当たるでしょう。日本海海戦の艦隊決戦に勝利することで国力においてはるかに勝っていたロシアとの戦争に勝ってしまったという成功体験こそが、戦略と戦術の革新を妨げる結果をもたらしてしまいました。
必勝の信念が堅ければ物質的威力を凌駕するという精神主義、あるいは戦術的勝利によって戦略的勝利を導くための大艦巨砲主義の有効性を経験から帰納的に育んでしまったのです。
続いて日中戦争から太平洋戦争へと発展する大東亜共栄圏の構想は第二段階の「規律なき拡大路線」と見ることができ、そして第三段階の「リスクと問題の否認」は軍指導部ですら勝ち目が薄いと自覚していた大国アメリカを相手とした開戦に認められます。
第四段階「一発逆転の追及」は、海軍においては物量的劣位、戦略的劣勢を戦術的勝利で引っ繰り返すという基本戦略がそもそも一発逆転を期したものであるとみなすことができます。ミッドウェー海戦はその基本戦略を実現するはずのものでしたが、結果は無残な敗北に終わりました。その後、日本軍は敗退を重ね、第五段階「屈服と凡庸な企業への転落か消滅」へと至ります。
ビジョナリーカンパニー3において示された衰退の五段階は、驚くほどに日本軍の辿った道筋と一致します。研究対象が企業であるか軍隊であるかという違いはありますが、併せて読むことで日本軍の失敗の本質をより深く理解できるようになるでしょう。
この記事で参考にした書籍を下に掲載しておきます。
まとめ
『失敗の本質』では、日本軍の非合理的な思考パターンや判断をとらえて、日本軍が機能不全に陥った原因として挙げています。
仕事はきまったことのくりかえし、長老は頭の上に載せておく帽子代わりでよい。
上記のようなのんきなことが許されるのは平和な時代だけです。いざ戦争となると、成功体験が導く旧時代的な思考から脱却できない日本軍は環境に適応できず、滅亡の道を突き進んでしまいました。
成功はもちろんそれ自体素晴らしいことですが、成功体験を棄てられない組織は、遅かれ早かれ衰退、あるいは滅亡の時を迎えるということが本書では示されています。