チームで仕事をする最大のメリットは、各自が自分の得意なことで組織に貢献することによって、個人個人の力を単に足し合わせたよりも大きな力を発揮できるところにあります。
しかし、メンバー同士の協調を促すために導入した仕組みがうまく機能せず、そればかりかその仕組みがメンバーたちのモチベーションを下げてしまうケースがあります。
ここでは、行動経済学の2つの規範を用いてメンバーがモチベーションを落としてしまう危険な事例についてご紹介していきます。
もくじ
行動経済学とは?
従来の経済学は、人間は完璧に合理的・理性的な判断を下すという前提で組み立てられていました。
「合理的経済人」という概念があります。自分の利益(とくに経済的利益)を最大化することを目的として経済合理的に行動する人間のことです。
たとえば100円の対価を支払って友達に引っ越しの手伝いを頼んだ場合と、無償で手伝いを頼んだ場合とで、友達の反応はどう変わるでしょうか。
合理的経済人なら、たとえ100円でも報酬をもらえたほうがいいと判断するでしょう。そのように、人間がみな合理的に判断するのなら人々の消費行動や流行はもっと予測しやすくなるはずです。
しかし、現実はそうではありません。かつておこなわれた実験結果から、人は「低い報酬に見合わない労働をする」よりも「無償(善意)で労働をする」ことを好むことが分かっています。
社会心理学などの知見を用いて従来の経済学とは違った切り口から人間の消費行動などを研究する手法が行動経済学と呼ばれています。
行動経済学が示す2つの規範
行動経済学は、我々の意識2つの「規範」によって統制されていると解きます。
他者や会社などから同じような恩恵や仕打ちを受けたとしても、次の2つの規範のうちどちらが優勢であるかによって受け取りようが変わるとしています。
・社会規範:人と人の関係にかかわる規範
・市場規範:金銭的価値に関わる規範
それぞれについてもう少し詳しくみていきましょう。
社会規範
規範のうちのひとつは社会規範です。これはたとえば、親しい家族同士や友情で結ばれた友人同士の間で強く働く規範です。
社会規範のもとでは、受けた恩をすぐに返す必要はありませんし、助けたほうも金銭的な見返りを期待しているわけではありません。
バスのなかでハンカチを落とした人を見かけたとしても、報酬を期待して拾ってあげる人はいないでしょう。
社会規範にもとづいた関係とは、助けたほうも助けられたほうもいい気分になれる関係です。
市場規範
もう一方の市場規範は契約や利害関係にもとづいた関係の間で強く働く規範です。
市場規範のもとでは、援助やサービスの提供は無償で手に入るものではありません。
飲食店で食事をしたときに、店主が善意で「お代は結構ですよ」と言ってくれることを期待する人はいないでしょう。
市場規範のもとでは、サービスを受ければそれ相応の(多くの場合は金銭的な)お返しが即座に必要です。
社会規範にもとづいた関係と比べるとシビアな関係ですが、これ自体は善いものでも悪いものでもありません。
市場規範にもとづいた関係は、お互いに対等な利益を追求する関係であり、支払ったコストに対して適正な対価が得られる健全な関係でもあります。
報酬がやる気を削いでしまう
合理的に考えれば報酬がないよりも100円でも報酬があったほうが望ましいはずです。
しかし、現実には人は低い報酬で働くよりも善意で働くことを好みます。
これは、低い物質的な報酬よりも、善意で働いたことによって相手に喜んでもらった精神的な報酬のほうが満足感が大きいためです。
善意で手助けをしたはずなのに100円を渡されてしまったら「そんなつもりで助けたわけじゃない」と思ってしまったり「自分の労働はそんなに安くない」と反発を感じてしまったりするのです。
混ぜるな危険!!行動経済学からの警鐘
ある状況において、社会規範か市場規範のいずれかが支配的であった場合、問題は起こりません。しかし、ふたつの規範が衝突しあったときにはトラブルが生じでしまうのです。
混ぜるとどうなる?【社会規範と市場規範】
たとえば、ある企業が「社員同士の協調と共生」を取り組みとして掲げたとします。
会社は社会規範にもとづいて社員同士が助け合いをするように促したのです。
それぞれの社員がもっている知識やノウハウといった暗黙知を全体で共有し、形式知へと転換できれば会社としての生産性を向上させられるため、こうした取り組みは多くの会社でおこなわれているものです。
※暗黙知の形式知への転換については次の書籍に詳しく紹介されています。
同時にこの会社ではボーナスや昇進の評価を業績にもとづいておこなう仕組みも導入されていました。これは、社員の評価は市場規範にもとづいておこなうという宣言です。
善意が報われなくなる!!【社会規範と市場規範】
この状況で、ある社員が会社の勧めにしたがって同僚を手助けしたとして、助けられた同僚は同じように他の同僚を助けようとするでしょうか。
すべての人が善意で同僚を助けようとするだろうと考えるのは楽観的過ぎるでしょう。
なぜなら、自分がもっている知識やノウハウをほかの社員に伝えたり、自分の時間を割いて同僚を助けてその業績を向上させたりすることは、相対的に自分の価値を下げることにつながり、ひいては自分の評価を下げることになるからです。
社会規範にもとづいて同僚を助けた社員は市場規範にもとづいて行動する同僚からなんの援助も受けられないことになります。
そして、会社もまた業績にもとづいた評価という市場規範で社員に接するため、同僚を助けた社員は同僚からも会社からも社会規範にもとづく社会的交換を得られないことになってしまいます。
社会規範の根幹は善意にもとづく社会的交換にあります。
金銭的な見返りを欲していたわけではなかったとしても、善意から同僚を助けた社員は、同僚から助けてもらえず、また助けたことを会社から評価されなかったことで、「裏切られた」という思いを抱くでしょう。
社会規範と市場規範の使い分けには細心の注意を!!
社会規範にもとづく関係は善意の交換であり、お互いが気持ちよくなれる関係です。
これを社員同士、あるいは社員と会社の間で構築できれば、従業員満足度や社員の企業への忠誠心を高められ、知識やノウハウの全体共有を進められることで会社全体としての競争力を向上できるでしょう。
メンバー同士が善意でつながり、互いに協調して課題に取り組めればチームの能力は飛躍的に向上します。
しかし、これを目指して仕組みを導入する際には社会規範と市場規範がぶつかりあわないように注意深く仕組みを設計する必要があります。
社会規範を導入するなら、市場規範にもとづいて社員を評価する仕組み(成果主義などの名前でよく導入された仕組みです)を導入するわけにはいきません。
無理に導入しようとすると、社会的交換が得られなかったメンバーが「裏切られた」という気持ちを抱いてしまい、かえってモチベーションを低下させてしまうことになります。
社会規範と市場規範については下記の書籍にくわしく紹介されていますから、関心のある方はぜひ読んでみてください。